森衆議院議長が皇室典範改正を今国会に実現すべく、党内意見集約の遅れている「中道」に、結論を急ぐよう要請、中道案も出揃いました。現状は皇族数が減少し、①皇統の維持、②皇族ご参加行事への対応等もあり、皇族のご年令、男女別の数等から対応が急がれるので、森議長の要請は当然です。
衆議院議長が皇室典範改正を主導するのは、憲法に「天皇は、日本国と日本国民統合の象徴であって、この地位は主権を有する国民の総意に基づく」とあるからです。国民主権全てを預る国家機関は国会で、内閣は皇室を預る宮内庁を所管しても、国会の一部政党(与党)が預っている主権により行政権を託されているにすぎません。国会が単なる立法機関でなく、「国権の最高機関」とされる所以です。生前退位を想定していない皇室典範を改正して上皇陛下が御退位された際も、一連の準備を国会が主導したのは記憶に新しいところです。
現時点での論点は、①女性皇族がご結婚後も皇族の身分を維持されることの可否。その場合、㋑内親王様までか、女王様を含むか。㋺配偶者と子女を皇族とするか、国民のままとするか。②戦後皇籍を離れた旧宮家の天皇のお血筋(男親が旧皇族)の男子に、現皇族との養子縁組を認めるか。その場合、㋑現皇族の女宮様との婚姻を伴う場合、㋺婚姻を伴わぬ場合をどう考えるか。
これ等論点は各党各会派の意見を集約し、皇室典範改正案として国会で審議・議決され、新しい皇室の姿の基礎となります。それだけに、皇室の特定の方を念頭に、一部のワイドショーや週刊誌のような思い込みや個人的感情での目先の議論に陥らぬよう、主権の有する国民一人ひとりが皇室の歴史、日本の伝統から考えたいものです。皇室は何故敬愛の的であるのか。何故世界で類を見ない永続した皇室たり得たか。歴史の一時期を除き、統治する権力でなく、国民の生き方・日本文化の象徴、権威であったのかを理解したいものです。
「日本国と日本国民統合の象徴」との現憲法の記述は、日本に主権がなく占領軍総司令部原案と言われる憲法にしては、日本の悠久の歴史での皇室の表現として妥当と思えます。武家から政治権力を回復しようとした後鳥羽上皇の承久の変(1221)から明治維新(1868)までの700年近く、皇室は文化の王、権威の王として国民に敬愛されました。来週は皇室の歴史を振り返り、今後も敬愛される皇室の存在が護られるよう主権を有する国民として考えましょう。
週刊いぶき