読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が長女に暴行した容疑で逮捕され、辞任しました。週刊誌の阿部さんに関するネガティブ記事は別にし、報道ベースの知識を基に今回の動きを整理します。①阿部さんの家庭内で長女次女が口論、父親の阿部さんが注意。口答えした長女を阿部さんが引きずり倒す。②長女が「父親から暴行を受けた」とチャットGPTに相談、指示で児童相談所に連絡。③児童相談所は警察に連絡。④警察が阿部さん宅に急行。㋑阿部さんが飲酒している、㋺長女と同居なので再発を危惧、現行犯逮捕。④その後釈放。
以上が報道され、阿部さんの辞意が受け入れられ、5月26日以降は監督代行がチームの指揮をとる。この結論に対し、①暴力は絶対に許されず、当然の結果との主張と、②家庭内の躾、親子喧嘩に対し、児童相談所・警察の過剰対応ではないか。報道が一方的で社会も報道を鵜呑みにせず、冷静に対応すべきの2つの主張がありました。識者やコメンテーターも巻き込み、SNSでも様々な意見が。特に長女が「警察が来たので驚いた。父親との争いは初めてで、殴る蹴る等の暴行を受けていない。世間を騒がせて申し訳ありません」とコメントを出したので、この騒動は何だったのかとの思いが残ります。
今回の教訓は、①保護者の躾としての体罰と感情まかせの暴力の区別は、特に第三者には難しいということです。私は終戦時に小学2年生で、新憲法下の小学校・中学校でも、今なら大問題になる体罰は残っていました。教育上の体罰は法律で禁じられていますが、愛のゲンコツが運動部等で起ると暴力行為等の批判がメディアで踊ります。教耺を引かれた先生方の経験から、十分の分別のない児童・生徒の躾の難しさを教えていただければと思います。ましてや親子の間の躾をどう扱うかは、ルールを守れる将来の日本人を創る為、難しい作業なのでは。感情まかせの暴力か、愛情いっぱいの躾かは、親の心のなかに在るのではと思います。
一連の騒動のなかで恐ろしいのはチャットGPT(AI)の介在です。AIは予め組み込まれたプログラムに則り、判断、回答、行動します。しかし多様な条件、感情から生ずる心の変化等々を全てプログラム化するのは難しいようです。もし人間が相談を受けていれば、「貴女は何歳(18歳)か。それは児童相談所でなく、お母さんや家族で話し合って下さい。暴行とは具体的にどうされたのか」等々を尋ね、回答できたでしょう。ローマ教皇が人間社会がAIに支配される危険を警告されましたが、私たちもAIの回答やSNSでの意見・情報を吟味、検証する人間にしかない能力を磨かねばと思う事件でした。
週刊いぶき