科学技術の進歩を豊かさのなかでお金で際限なく利用する便利さを当然と思い、胡座をかき、「少しの我慢」や「ちょっとした手間」を嫌がっている現代の私達に、米イラン戦闘による石油不足、価格高騰は一つの教訓でした。石油から精製するナフサ(粗製ガソリン)は、塗料・シンナー・包装材・ペットボトル等の原材料です。これらの供給が滞り、工務店等では仕事に支障が生じ、包装食品、医療用手袋の値上げや不足の報道も。
自販機でペットボトルの飲み物を買うのが当たり前になったのは、40年ぐらい前だったでしょうか。もっと前は缶やガラス瓶の自販機で、更にその前は自販機ではなく小売店で買っていました。お茶やコーヒーは外で買うのではなく、自分でお湯を沸かし作っていました。私の事務所や自宅では、今もペットボトルは使いません。自分でお茶を入れると、番茶、煎茶、玉露の味や香りを飲み分ける楽しみもあります。お茶を淹れる温度や時間が茶葉によって違うと両親が言っていたのはこれかと、改めて生活の知恵を想い出します。何よりペットボトル購入額の何十分の一で済みます。
食品スーパーやデパ地下では有名店の料理や惣菜がプラスチックのパックで並びます。それを買ってテーブルに並べると手間は省け、楽は楽。我が家では材料を買って主菜は妻が、副菜と吸い物は私というのが老夫婦の役割分担です。昆布を水に浸けて、粉末の出し、煮切った酒を合わせ、その日の気分で合わせ味噌、赤味噌、白味噌、澄ましに仕立てます。小さな畑のトマト、胡瓜、茄子、唐辛子や冷蔵庫の残り物で副菜を二つばかり。手間は少々かかっても、お金はかかりません。気は使ってもお金は使いません。母はこうして育ててくれたんだなと思うと、行き届いた時代を当たり前と思っていたなと反省です。
先週末は京都の日程と月曜日の講演が重なり、新幹線に乗ったところで携帯を忘れたのに気付き、結局4日間携帯なしの毎日。携帯は①連絡用の電話・メールと②最新ニュース、③天気予報、④経済情報等の把握に使います。②③④はテレビのデータ情報でしのげましたが、①は「連絡したいが」等と事務所の固定電話に連絡があり、大失敗。他人を含めた便利さの網から抜け出せない自分を再認識。携帯の届かぬ山奥のポツンと一軒家の人は不便なのか、幸せなのか等と思いました。皆さんはどうでしょうか。
週刊いぶき