米国旅行から戻った方が、「不平不満があっても、米国でインフルに罹って、日本は有難い国だと思った」、「旅行保険に入っていて助かった」と話していました。米国は医療費(医師の収入・薬品代)が高い以上に、日本には誇るべき皆保険制度があります。支払った保険料の多寡に関わらず、日本では同じ病気には同じ治療が保険制度上保障されているのです。
米国では人はそれぞれ民間保険に加入します。加入促進を援助する仕組(オバマケア)はありますが、提供される医療は支払保険料でカバーされるので、医療の質が違うのに旅行者は驚かれたのでしょう。日本では更に皆保険制度を補強する為、㋑掛った医療費の一定割合(3割以下)を所得に応じて負担する額が高額になると、公費でそれを肩替わりする高額療養費制度、㋺高齢者の保険料や自己負担額を緩和する高齢者医療保険制度があります。
この制度を維持・機能させるには、だれかがその費用を負担せねばなりません。医療に加え年金・介護の三つの社会保障の負担構成を見てみましょう。(令和6年度・予算ベース)
◎年金給付62兆円=保険料47兆円+税金15兆円
◎医療給付49兆円=保険料25兆円+税金18兆円+自己負担6兆円
◎介護給付14兆円=保険料6兆円+税金7兆円+自己負担1兆円
私達の社会保障サービスは、支払保険料と自己負担だけでなく、国と地方自治団体の公費(国税又は地方税)で支えられています。自分の保険料や税負担以上に給付を受ける人がいる一方、医療や介護サービスを受けない健康で幸せな人もいます。しかし今後高齢化が更に進めば、年金受給者や医療・介護が必要な人は増えます。計算上は給付の額や質を抑えるか、保険料か公費か自己負担を増やさねば、計算上左右のバランスが崩れます。
予算修正協議の中で、立憲は高額療養費制度の負担上限引上げの政府案凍結を主張し、維新は保険料引下げの提案です。二つともに投票者である患者・保険料納付者には歓迎すべき提案ですが、実は矛盾する主張です。立憲の主張は医療費抑制とはならず、保険料引下げとは逆方向なのです。
立憲、維新双方の提案を満足させるには、①医療費の無駄(?)の削減、②公費(税金・赤字国債)の増加しかないのは当然でしょう。しかし先週も述べたように「無駄」は人や政党の立場や理念で違ってきます。公費部分を増すには、既定予算のどこかを削減するか、新たな負担を見つけるかです。加算減算の主張は、全ての政党が責任を分担し、耳障りの良くないことも責任を分担し議論しなければ、社会保障制度そのものが崩壊する時がきています。
4月からの新年度予算案は、高校無償化等の予算修正合意が整った維新の賛成で衆議院を通過し、年度内に成立のようです。4月から地方自治体等への予算配分が可能となり、国民生活への支障は避けられそうです。予算案は政権与党の政策の金銭表示なので、不成立は内閣不信任、遅延は内閣の不手際という政治的意味を持つ為、少数与党は賛成取り付けに懸命でした。
議長を経験した私は、この事態は一方で、国会が本来の機能、権威を取り戻せるとの期待もしていました。従来の予算審議は野党の一方的批判、与党の多数による原案採決の通過儀礼との批判を免れないものでした。批判の回避には、①与野党共に異なる意見に耳を傾ける謙虚な姿勢、②政権維持の為と後世の指弾を受けぬ与党の筋の通った協議、③野党による自分達の考える無駄の指摘、その財源を使った自分達の政策提示で、それを欠いては集票を意識した目先の人気取りの提案合戦に陥ります。
「公平」や「無駄」とは何かは、個々人の立場や価値観で違います。「防衛費は無駄で福祉予算こそ大切」との考えもあれば、日本の安全保障環境を考えれば「憲法の範囲内で防衛費は増額を」との主張も。「高所得者や法人課税の強化が公平」の一方で、「自助・努力・創意工夫への課税は不公平」で社会の活力・発展を阻害するとの反対論も。だからこそ理念の違う政党があり、民主制の国では投票と多数決で国や自治体の運営方針が決ります。与党案に対する自党の考える無駄を示し、自党の考える公平な施策を示してこそ国民には政策の違いを理解してもらえるのです。維新と合意した高校無償化も7年度の財源は単発で準備できても、8年以降の目途はたっておらず、赤字国債(高校生が納税者になった時の負担)にならぬように願っています。政党の理念による負担の違い、施策の財源を示さぬ姿勢では本当の政策論争にはならないのです。
経済が順調なら毎年度税収は増えますが、毎年度義務的支出もまた増えます。平成7年度の税収見込みは78兆円、増収は約9兆円。地方自治体の行政サービスへの交付金増1.3兆円、過去の行政サービスを借金に頼った国債の利払い等の増1.2兆円、高齢人口増に伴なう基礎年金給付の1/2負担増等0.6兆円、防衛費増0.8兆円等々。不確定な自然増収は制度として決っている支出増の財源となるので、新たな減税や無償化の主張には永続する安定財源(予算の削減か負担増)が必要で、その議論を欠く修正劇は残念に思いました。
石破トランプの日米首脳会談では、トランプ流の主張・要求等はなく、多くの受け止めは、新体制の日米関係は「無難なスタート」との評価です。だが今回の会談は30分強、陪席者もあり、ほとんどがメディア公開で、お互いの国内向けアピールの狙いも。それだけに、事前の事務摺合せ内容が気になります。安全保障や経済面で、鉄鋼や自動車等への追加関税のように今後何をしてくるのか、とりあえずの安心は禁物で、日本側の対応準備は不可欠です。
安全保障面では、①日本は重要な同盟国、②同盟国の安全は米国の抑止力行使で護る、③尖閣諸島は米国の防衛義務を定めた安保条約5条の対象を確認し、防衛費負担増の要求はなかったとか。日米同盟がインド太平洋の米権益にとっても不可欠と米側も理解しているのなら、防衛協力等の更なる要求に対し、日本の立場の主張は大切です。中口主導のブリックス参加へのアジア地域の国々の引止めへの日本の存在価値を自信を持って主張すべきでしょう。
経済面では、対日貿易赤字(848億ドル)解消の要求がありました。昨年の米国の貿易収支赤字は12,000億ドル強(185兆円)で、対日赤字は7番目とか。赤字削減の為、アラスカ等の天然ガス(LPG)輸入増で合意したようです。同盟国からの安定供給の保障、輸送ルートの安全等のメリットもあり、価格次第では日本の国益にもかないます。ただ世界有数の産油国の米国は、これまで国内資源温存の戦略をとってきたので、資源小国日本はトランプ後も見据え、長期的安定供給のシナリオは大切にしなければなりません。
戦後復興・高度成長期を通じ日本の競争力・生産性が向上すると、日米間の貿易摩擦と基軸通貨米ドルの為替レートの扱いは、日米間の紛争の対象でした。安全保障面の対米依存もあって、日本は①繊維や自動車の輸出自主規制、② 牛肉等の米国農産物の輸入拡大、③固定相場時代の対ドルレート切上げや変動相場(現在の市場主導)への移行等の譲歩を重ねてきました。日本の経済力が相対的に優位・余裕があったからこそ、それが可能だったとも言えます。
貿易赤字解消は輸入抑制か輸出増が必要。関税は輸入価格の上昇、割高な米国内製品の購入となり米国民に利益がないうえ、輸出増には効果のない対処療法です。本来は現在1ドル150円の米ドルレートを米国の利下げ・日本の利上げでドル安に誘すれば、輸出増・輸入減が可能となります。日本の輸入物価は下る一方で、円高でも競争力ある日本経済の再生は、私達の意識改革にあるとの1月14日、20日の初夢投稿をもう一度お読み下さい。
衆議院予算委員会の質疑も進み、令和7年度予算案への衆議院の態度(議決)を決めないと年度内(3月末)成立は困難に。年度内の予算不成立のケースは過去にもあり、義務的経費だけのつなぎ予算を先議し急場しのぎをしました。予算の年度内成立の遅れは、地方自治体や医療・教育等への予算支出が遅れ、国民生活への影響が出ます。
与党が国会、特に衆議院の多数を占めていると、予算成立の遅れの責任は与党が負います。少数与党の石破内閣では、遅れの責任は与野党が共に担わねばなりません。少数与党内閣で、国会はむしろ本来の機能を回復したとも言えます。自民党多数、特に小選挙区制での公認権、政党助成費配分権を握る執行部(総裁即ち内閣総理大臣)に反対しづらい雰囲気の下では、内閣の予算案に与党内でも反対意見は少なく、国会の議論は批判だけの通過儀礼になっていました。少数与党下での予算成立には与野党間の実質的話合い、予算修正が必要となります。本来国会は納税者の代表として、歳出内容の監視・削減、税負担軽減の為に生れたのは、議会制民主制の母なる国・英国の大憲章(マグナ・カルタ)の教えるところです。
国会を通じ野党も予算成立に関与することは、野党も与党と共に国民に責任を負うことを意味します。各野党は総選挙の比例代表の自党の得票率を振り返り、謙虚に責任を果す態度が大切です。諸外国では野党の予算修正は、他の予算削減による組替えが大部分で、集票目的の減税や給付だけの主張では、将来の政権交替、政権担当能力が評価されず、支持率はむしろ落ちるとか。
立憲民主党の野田代表の発言に何か救われた思いがしました。野田さんは、「(103万円の壁)のような減税提案は当面の集票には効果的でも、(赤字国債が財源になると)将来世代の収奪になる」と警鐘を鳴しています。令和7年度予算案116兆円のうち、既発国債の利払い等の国債費は28兆円。過去の世代が公共サービスの代金の税負担を避け(不人気を恐れ)た結果、当時投票権のなかった世代も含め、現世代は自分達の税負担のうち28兆円分の使途を自分達で決められないのです。財源なしの減税や給付増の野党提案は無責任ですが、一方石破内閣も政権維持の為に後世の指弾を受ける修正は安易に受入れず、与野党共同責任で国会運営・予算管理に当ってほしいと思います。
先週の続きです。宮沢内閣不信任の可決は、①政治改革の成案が得られぬことへの世論・党内の反発。②政治改革を建前とした竹下派内の主導権争いが原因でした。不信任に賛成・離党した現職議員は小沢一郎さん以下石破総理を含め3名、不信任反対後に離党は渡海紀三朗、岡田克也のお二人。不信任反対後も自民党は麻生太郎さん以下9名。不信任後の総選挙で当選の現職は岸田前総理、野田立憲代表等でした。政治改革の交渉に携わった人は、小沢一郎さんを除くと限られています。となると細川・河野の総理・総裁の発信も、当時の資料を検証し議論しないと、判断を誤る怖れがあります。
宮沢解散の結果、自民党は圧倒的な比較第一党でしたが、「政治改革」を鎹に八党派の細川連立内閣が成立。細川内閣の政治改革関連法案は参議院で、自民党の対案は衆議院で各々否決され、衆参両院議長の幹施となります。争点は小選挙区と比例代表の議席数で、参議院での政府案否決は、小選挙区での当選が不利な社会党等の反対の結果でした。
与野党間の最終的な話し合いの為、総理・小沢新生党代表幹事、総裁・森幹事長の会合がセットされましたが、何故か細川・河野のお二人が土井たか子衆議院議長に報告・挨拶に行かれた為、小沢・森間の実質的詰めを4者会談で確認、総理・総裁がニコヤカにサインをされたのです。合意は9項目で、①小選挙区300、比例代表200。②比例代表は11ブロックの名簿による。③企業団体献金は、「議員及び首長を含め政治家の資金管理団体に対し、5年に限り年間50万円を限度に認める」とのみ記されています。
これを受け国会が議決した平成6年1月成立の政治資金規正法付則に、法施行後5年の時点で、「政治資金への個人の拠出、政党財政の状況等を考え、会社や労組組合等の政党・政治団体への寄付のあり方を見直す」とあります。5年後見直しの平成11年国会では、政治家個人への企業団体献金禁止は総・総合意どおり議決されましたが、政党への寄付は存続しました。立憲民主党の前身・民主党提出法案も、政党への企業団体献金を前提に、政党支部の数の制限が提案されています。禁止の提案は共産党のみでした。
細川与党内で企業団体献金で意見が割れたと当時は言われていました。お二人の認識が与野党間で当時共有されていたなら、「見直し」でなく「禁止」と明記されたはずです。細川内閣案の否決、平成6年に国会が議決した「5年後見直し」、平成11年の国会での処理も全て国会の意思です。国会の権威の為にも国会議員は国会の「議決法案」を前提に協議してほしいと思います。
通常国会では、代表質問・一問一答の予算委員会質疑が続きます。少数与党の石破内閣は、国民の暮しに直結する予算案成立に様々な妥協を強いられるでしょう。国民の為の韓信の股くぐりはともかく、政権維持の為の筋の通らぬ妥協、後世の指弾を受ける譲歩はあってはなりません。焦点は所謂103万円の壁と企業団体献金の扱いでしょうか。財源を考えぬ集票目的の103万円の壁の処理は、提案者である国民民主党にも責任政党として一緒に政策立案に参加し、説明責任・共同責任を果してもらうべきです。
政党への企業団体献金の扱いは、民主制の肝である政治活動、選挙活動をどう支えるかに係るだけに、感情に流されず議論判断しないと、一部政党の基盤を不公平に崩すことになります。労組の組合費から個人献金を受けた政治団体からの寄付、政治活動として無税の機関紙収入、強固な支持団体に支えられる政党等々に対し、後援会中心の政党はどうなるのか。自民党の政治とカネ問題への怒りに加え、30年前の平成6年、現在の選挙制度、政治資金規正法の基本になった与野党合意の署名者・細川護熙総理と河野洋平自民党総裁の「政党助成費導入後5年で企業団体献金は廃止の約束」、「二重取りはいけない」等合意文書に記されていない発言を前提に、国会論争やマスコミ報道が、当時の経緯に関わったものとして、2回に分け事実を述べ、当時国会議員でなかった当選10回以下の皆さんの参考に供したいと思います。
消費税を創設した竹下内閣はリクルート事件で退陣。宇野・海部内閣でも伊藤正義政治改革本部長、後藤田正晴代理の下で政治改革の議論が重ねられていましたが成案に至らず、佐川急便事件・ゼネコン汚職等が続き国民の批判を受けました。議論の流れは「金権政治に陥るのは派閥の弊害にある。派閥は中選挙区(定数3~5)故に出来る。中選挙区を廃止、一人の当選者にすれば政党本位、政策本位の政治になり、政治とカネの問題はなくなる」等々。しかし小選挙区制には党内にも、野党社会党にも自らの当落もからみ反対論が強く、結局海部内閣は退陣し宮澤内閣に変ります。
宮澤内閣でもなかなか合意に達せず、世論は「政治改革が政治の全て」との雰囲気で、現総理の石破さん等若手の突上げも相当なものでした。私は当時副幹事長として政治改革本部の会議に参加し、交渉窓口の森政調会長(後に総理)との連絡役を務めていたなりゆきで、自民党野党時代も政治改革特別委員会に所属し、議論の調整に携わりました。宮澤内閣の不信任、細川内閣成立と現制度へ移行の基本合意となる経緯は、次回に詳しく記します。
20日にトランプ米大統領が正式に就任し、世界はその言動に不安を抱えつつ注目しています。東西冷戦終結時に比べ衰えたとはいえ、米国は今も世界一の経済大国・軍事大国です。日本にとっては経済的結びつきの深い国だけでなく、世界経済が米ドルを中心に回っており、トランプ経済政策の影響は大きいのです。最重要なのは、緊張の高まる東アジアでの日本の安全保障が、日米安保条約と米国の核の傘抜きには考えられない現実です。
戦後80年、あの戦争の悲惨さ、戦後の荒廃と飢え、復興の苦しみを体験していない世代には、今の平和な日常はあたり前で、ウクライナやガザの現実は他国のことかも分りませんが、日本の平和な日常、主権と領土の維持は、自衛隊も含めた日米の集団安全保障・日米同盟による現実は認めねばなりません。この同盟は太平洋での米権益の為でもあるのですが、同盟維持の為日本は多くの財政負担や我慢をし、特に高度成長期には通商分野で譲歩を重ねてきました。アメリカ・ファーストのトランプ政権の出方次第で、日米の集団安全保障の現状について、日本は難しい判断・理解を国民に問いかけなくてはならなくなるかも分りません。
軍事面での日本の安全保障の対象は、領土や主権に現実に脅威を与え、国家統治の基本が違う中国・ロシア、北朝鮮なのはだれも否定はしません。だが、軍事・経済両面で日本運営の最大の安全保障対象国は米国で、この必要不可欠の同盟国に日本の不利益になる行動を取らせない手だての準備を怠らぬことです。新年2回に分けて述べた「初夢」の実現こそがその鍵です。トランプ政権の4年間に「初夢」の完成、実現は難しいでしょう。しかしトランプ大統領の言動・姿勢が特異、例外的なものではありません。最重要同盟国・米国の建国以来の歴史を振り返れば、あの国の底にあるものが、民主制の肝である投票を通じ吹き出すことへの備えは怠ってはならないのです。
終戦後に勝者の視点で語られる米国史に触れた私達は、米国は自由、平等な競争、努力により夢を実現できる国と教えられてきました。しかし現実には多くの差別、較差があります。移民による人工国家であるだけに、土地を奪われた原住民、奴隷であった黒人、労働力として移入されたアジア系の人達に対し、最初に移住したWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)、遅れて渡ってきたローマン系やアイルランドのカトリックの人達が、既得権を巡って相互に、あるいは遅れて来た人達に対し抱く感情は、選挙の集票へのポピュリズム的訴えの対象となって吹き出るのです。
先週の初夢実現の為の具体的政策、それを担う政治、企業経営、働き手であり主権者である国民が、各々如何にあるべきかを考えましょう。終戦後80年の日本近現代史を振り返ると、戦争と敗戦のトラウマから、私達は現憲法の下で日米安保条約と米国の核の傘に日本の安全を委ねてきました。結果として、米英独仏日のG5のなかで唯一戦場に自衛隊を送らず、国民は平和を当り前と思い享受してきました。それを可能にしたのは経済力でした。軍事的貢献が限定されていても、日本抜きには経済的取極めはできないと評価され、経済力即外交交渉力でした。
かげりが見えている経済力を表す指標の一つとして、為替レートを考えてみます。終戦時の80年前、1ドルの外国製品を買うのに日本人は360円を払いましたが、先輩世代の努力で一時は70円で済む5倍も円の値打ちは上ったのです(今は150円)。円安は輸出に有利で、景気も株も上るというバブル志向が間違っているのは、円安で輸入原材料価格が上り、食料品やガソリンの値上げで身にしみたはずです。円安は日本人の技術や労働力が安く買われ、外国のそれを高く買わされているのです。1ドル70円の実力を取り戻せば、国際比較のGDPは70分の150と今の2倍になる計算です。
経済力の指標の一つ、円レートは株価と似ています。①将来性、②利益、③配当、④経営能力と社風、⑤借入れ金の多寡等。となれば円レートを高くし、それでも競争力・成長力ある日本を創る方向が見えてきます。①技術開発に資源を集中し、経済を索引する産業を創る。戦略製品の工場を国内に復帰させる条件を整える。②最終利益の経常収支は黒字なので、円高でも営業利益である貿易収支の黒字化に努力する。③その為にも金融を正常化し、公定歩合を徐々に引上げる。④政治の安定と権利・義務のバランスを国民が自覚する。⑤財政規律を取り戻す為、集票目的の減税やバラマキ提案を政治が慎しみ、国民もそれを見抜いて投票する。
それには、日本人の生き方のなかで護らねばならぬものを、政治・経営・日常生活のなかで取り戻せるかです。自由に情報に触れ、発言も行動も自由な日本に住む私達は、経済活動も働くことも自由です。日本は弾圧や統制もなく、自由な投票で国を左右できる民主制の国です。それだけにポピュリズムに陥らぬよう、一方通行のSNSだけでなく多様な意見を聴き、家族・地域社会、日本という運命共同体への帰属意識・勤勉・努力を取り戻せるかでしょう。
明けましておめでとうございます。今年もご一緒に学ばせて頂きます。
今年の初夢は、日本抜きに世界の事ごとが決められない国に復活するスタートの年になること。唯一の被爆国、非人道的じゅうたん爆撃、沖縄での悲惨な地上戦、肉親を戦争で失なった悲しみ等々。先輩の世代は敗戦のトラウマを抱えながら、戦後復興を成し遂げ、戦争に敗けても経済では敗けないと高度経済成長を成し遂げました。世界第二の経済大国となり、国の実力を表す為替レートは、終戦時の1ドル360円が一時は70円と5倍以上に上昇(現在は150円と評価は半減)。その原動力になったのは日本人の伝統的な生き方(文化)でした。自助と勤勉、公共の精神、帰属意識等々。
豊かな先進国共通の悩みに現在の日本も陥いっているようです。個々人が自からの価値観を貫ぬいても生活できる環境に恵まれたので、社会の分断が進み、多様な価値観の主張に、経済と政治が追いつけないのです。帰属意識こそが生活の支えであった時代は去り、義務なき権利の主張、自由と我がままの混同が国力を削いでいます。国際化とネット社会の現実は、異なる文化、価値観に容易かつ迅速に触れることを可能にします。異なる文化に触れることは、人間として成長する糧を与えてくれる素晴らしいことではあります。しかし注意しておかねばならないのは、異なる文化の必要なものを受入れる一方、祖先が明治維新、戦後復興をなしとげた原動力であった日本人の生き方(文化)の大切なものを変質させないことです。良きものを受入れ、変えてはならぬものを護り、日本的伝統規範である和魂洋才を忘れぬことです。
初夢実現の為、統制や計画経済でなく、独裁国家でもない日本では、政策実現の為に政治家、経営者、何より主権者であり働き手である国民に各々何を期待すべきか、「再生」、「回復」、「取り戻す」をキーワードに来週述べたいと思います。今週は先人の努力のうえに今日があることを述べている、パリ・オリンピック女子卓球団体銀、個人銅の早田ひなさん(令和生れ)の言葉で締めます。鹿児島県知覧の特攻平和記念館に行きたいとし、「生きていること、自分が卓球をやっていることは、当り前じゃないことを感じたい」と。豊かで行き届いた現在に生まれても、それを作り上げ、受け渡してくれた祖先の生き方(文化)を忘れねば、日本復活の初夢もスタートできるのではと思いました。