私が初めて国会に議席を得たのは40年前で、当時の日本は上昇気運に溢れ、この状態が続くとの奇妙な安心感、うぬぼれがありました。当時の日本の労働生産性(時間当りの付加価値生産力)は米国等を上回り、日本の対外競争力は群を抜いていました。戦勝国の欧米諸国は、豊かさのなかの価値感の多様化故に労働生産性が低下し、貿易赤字に苦しんでいました。貿易黒字国の日本には、円高レートへの誘導、輸出自主規制、外国製品の輸入促進、国際的役割分担等の外圧があり、それをあやし、応えることが日本の外交交渉力でした。
戦後80年のなかで、あの時代の日本は最も輝いていて、高市さんが再生したい「世界のどまんなかで花開く日本」の時代でした。日本の歴史は今後も紡がれるのですが、戦後80年の近現代史では、その後のバブル崩壊、失われた40年、そして現在と、日本は「繁栄した国は多いが、繁栄し続けた国はない」との歴史の轍を踏んでいるのではないかと憂慮されます。この歴史の必然から抜け出すには、政治家は勿論、それぞれの立場の国民の覚醒を待たねばならないのは、ローマ帝国の興亡を描いた塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読むと良く分かります。
高度成長の果実で、今を生きる私達は皆保険制度、教育無償化、週休5日制や働き方改革、高速道路や新幹線等を、生まれたときにあった当然のものとして享受しています。内閣府の調査では、「現在の生活に満足、おおむね満足」が6割弱とか。一方で国際化が進み、文化の違う国々の価値観に触れ、それを自由に主張し、実践できる日本になっています。衣食住の向上というかつての国民共通の目標等は過去のもの、多様な価値観を主張しても1人で生きていける有難い(?)日本では、家族・地域社会・企業・国への帰属意識が年々希薄になっています。その現状への評価は人それぞれですが、労働生産性の低下、社会の分断、少子化等の先進国病は日本にも例外なく取りついているようです。
先輩世代が残してくれた皆保険保険制度は少子高齢化で収入と支出が合わなくなっている。耐用年数に達した上下水道や橋梁事故のニュースも後をたちません。有形無形の公共インフラの修復・保全は、行政何より政治の責任でしょう。それを可能にする日本の労働生産性再生の為、経営者には賃上げと下請けへの配慮・有効な国内設備投資、国民には勤勉な労働の覚醒を求める前提条件は、目先の集票の為の減税と給付を大合唱する与野党政治家の覚醒では。